「掌の道標」
「いい加減俺も切れちゃうぜ?」
言うが早いか行いが早いか。…なんてことを改めて確認するまでもなく、
俺がすでにぶち切れていたということは想像に難くないだろう。
…そう。
俺は切れていた。
別に忍耐強さを売りにしてるわけでもないし、自分でも温厚だと思った事は無い。
…だとしても、だ。
今回ばっかりは…言葉通り「堪忍袋の緒が切れた」ってヤツだよな。
「何だってんだよいきなり」
なにが、いきなりだよ。
いきなりなんかじゃねーだろ。
「どうしたんです、悟浄」
「は! どーしたもこーしたもあるかよ」
そもそもの事の起こりは今朝早くの、毎日恒例?の妖怪達の襲撃にあった。
ヤツラも少しは学習してるんだか、今回の相手はいつもと勝手が違ったんだ。
叩いても叩いても起き上がってきて、一言で言うならキョン○ー。
気持ち悪い上にキリがない事この上ない。
いつもと勝手の違う相手に、俺たちもいつもと勝手が違ったのか…
まず、体力のない三蔵がダウンした。
続いて八戒、そして…何をドジったのか、悟空までも戦線離脱。
…おいおい。
「悟空!!」
八戒が手を伸ばすも、寸でのところで届かなかった。
悟空は、なんといきなり崖下に転がり落ちていったのだ。
動きすぎて足を踏み外したんだろう…
まあさっき見た限りではそれほど高い崖でもねーから、死にはしねえだろうが。
それに、あいつには如意棒もあるし、戦闘能力も並じゃない。
一人になっても心配ないはずだ。
それよりも。
「だー!もう!なんなんだよ今回は!」
うじゃうじゃうじゃうじゃ。
「きゃー!」
「た、助けて!」
…やけに、人が多い。
しかも、いわゆるパンピー。その上、オンナノコばっかし。
…なんでかって?
…そりゃあ、なんでかとゆーと…
それは昨日のことだった。
俺たちが買出しのために立ち寄った、結構大きな街の中で。
例によって? 荒くれ共からか弱い女の子たちを守ったのが事の始まり…だったよな。
連日のキョン○ーの襲撃で、俺たちは疲れきっていた。
どうでも良いから、早く休みたかったんだ。
だから、相手の話もロクに聞かずに返事して…
なぜか、一緒に次の街まで歩くことになってしまったのだ。
…ありえねえよな…。
「自業自得だろうが」
耳が痛い。
確かに、今回の事は俺が全面的に悪い。
「でもよぉ」
「言い訳はいらん」
ズバっと斬り捨てられた。
はああ…と、溜息が低く低く垂れ込める宿屋の一室。
三蔵の眉間には、いつもの倍はしわがあったっけ。
「めんどーな事、わざわざ自分から引き受けるなんてさあ」
「るせーな、疲れてて話聞いてなかったんだよ。そんなのおまえらも一緒だろうが」
「でもおれたち返事しなかったもん」
「なあにが「もん」だよ。全部俺のせいにしやがって」
「別にわざと悟浄のせいにしてるワケじゃねーだろ」
「いい加減にしてくださいよ二人とも」
「だってさあ!」
「あーあーすいませんね、全部俺が悪いんですよ」
「んな事言ってねえだろ!」
「うるせえ!!」
臨界点突破。
「悟浄!?」
「わかったよ、俺が一人で引き受けりゃ済む話だろうが!」
「ちょっと悟浄…」
「だからてめーらは口出すんじゃねえよ! いいな!」
ばたーん!!
まあ、いわゆる逆切れってやつ?
「だいたいあんなとっから落ちたくらいでまいりやがって!」
「んだとッ! しょーがねーだろ、結構高かったんだぞ!」
…………朝から元気なこって。…我ながら。
結局、逆切れしてからというもの、
俺が一人で彼女たちのお相手をさせていただく事になったワケで。
そりゃあ、最初は良かった。最初は。
でもよぉ…、野宿しながら、道中もずっとだと…
しかも、どこへ行くにもついてくるんじゃ、こっちは落ち着いてもいられねえ。
特に。
「なんかあ、悟浄ってウチの弟みたあい!」
「弟ぉ?」
「そうそう! 一人前に大人ぶってカッコつけちゃってるくせに、実は寂しがり屋でぇ〜」
「俺はちゃんと格好良いだろ」
「そうだけどぉ〜」
この、ファンフォアって娘が、特に…しつこいというか。
まあ、話してて面白い娘なんだけど。
くりくりした青い目で見上げてきたり、ちょこちょこついて来るのは可愛いんだけどな。
なんでも、次の街に着けばその弟と会えるとかで、ずいぶん浮かれてる様子だった。
だからなのか…
「うおわぁ!」
「あっ、ご、ごめんなさ〜い!」
…妖怪どもを相手にしてるときくらい、離れててくれって…。
マジ危ねえから…。
隣のテントで休んでる彼女たちに、一応は気を遣ってか、やや小声の応酬が続く。
「なんだよ、悟浄なんか女の子たちに愛想言われて良い気になってるくせにさ」
「…なんだと」
「な…っ、何だよ、ホントの事だろお! それに、悟浄が「口出すな」って言ったんじゃんか!」
「状況を読めよなあ!」
朝っぱらから爽快に言い合いが始まってすでに30分が過ぎようとしていた(と思う)。
…いつもだったら。
いつもだったら、多分、ここまでの言い合いにはならない(ハズだ)。
「ちょっと、二人とも…」
「うるせえ! いい加減にしやがれ!」
隣をなんとも思わない唯一の人間が、
離れてる人間までもびびらせるような大迫力の声で言い合いを遮った。
その、当たり前に「うるさい」と思っている様子に、頭に来て。
「三蔵だって途中で勝手にバテやがって!」
「何でこっちに矛先を向けるんだよ」
「八戒も一抜けしやがっただろ!」
「悟浄」
「だいたいなあ! バテた三蔵や八戒を誰が守ってやったと思ってんだ!」
「は? 知るか」
……これまた想像通りのありがた〜いお言葉。
こっちが必死になって守ってやったっていうのにこの態度。
別に感謝とかそういうのを望んだわけじゃねえけど。
「…いい加減俺も切れちゃうぜ?」
「何だってんだよいきなり」
なにが、いきなりだよ。
いきなりなんかじゃねーだろ。
「どうしたんです、悟浄」
「は! どーしたもこーしたもあるかよ」
感謝とか望んだワケじゃねーけど。
「何を勝手に切れてんだ、貴様は」
「ちょっと、どこ行くんです悟浄」
…そうじゃねえけど。
俺も、疲れてたんだろう。
慣れない、まるで護衛のような状態。
戦うときも、常に誰かを気にしてなくちゃいけなくて。
…なんで、あんな事引き受けちまったんだ、って。
一番、後悔してるのに―――。
「ハア…。切ないよなあ…」
ムクワレナイ。
ムクワレナイ…。
ふと、視線を感じて、またファンフォアかと思ってちらりと見やると、
想像に反して金の髪を持つ法師姿の男だった。
「勝手に切れた男を追っかけて来てくれたってワケ?」
軽口に応えるはずもなく。
ただ、真っ直ぐな視線。
「おい」
「…んだよ」
三蔵から話し掛けてくるなんて、珍しいじゃねーの。
「他所見するな」
…よそみ? 何の話だ。
「―――ハイハイ、ありがたぁい三蔵サマのお言葉、胸に留め置きますぅ。
これでご利益有り、ってか。そのおかげか可愛い女の子たちとも知り合えたし、
しかも頼れる男だと思われてて、幸先オッケー♪ってか」
「…それで済めばいいがな」
「なんだそりゃ」
「…わからんなら良い」
勝手に話し掛けてきて勝手に終わらせて戻っていった。
「何だったんだよ」
…そりゃあさあ。別に感謝とかを望んだワケじゃねえ。ただ…。
ただ、…。
…ただ? 何だ…?
俺は、…何を望んだんだろう…?
…な〜んて切ない男心をカミサマが汲み取ってくれるハズもなく
(ま、あのカミサマじゃ無理ってもんだろうが)。
連日に連日を重ねる再襲撃。
もういい加減にして欲しいぜ…。
例によって、三蔵達は三蔵達で、俺は女の子たちを守りながら妖怪退治。
今回はキョン○ータイプじゃなかったけど結構粘るヤツらで、しつこさも並じゃなかった。
「! 悟浄、三蔵、上から来ますよ! 避けてッ!」
珍しく切羽詰った声出してんな〜なんて、状況も忘れて、思わず声の主を確かめようとして。
「! おい!」
眉間にしわ倍増で非常〜に怖い顔してるよオイ。俺、何かした?
ちゃ〜んと大人しく、女の子たち守って真面目に戦ってるだろうが…
「何だよさんぞ…」
改めてそっち向こうと思って。
身体の向きを変えた。
ドンッって誰かにぶつかられたと思ったら
…腹部に、熱い感触。
思わずぶつかってきた相手を見下ろすと、嬉しいんだか泣きそうなんだか、非常に複雑な顔して、
大きな青い目が俺を見上げ返した。
なんで、そんな顔してるんだよ。
女に泣かれんのだけは、イヤだっていうのに―――
す、と身体を引くと、思ったよりも簡単に離れた。
と、俺の体内に入り込んだヤツも、一緒に離れた…らしい。
ずぷりと音を立てて抜けたそれは、てらてら赤黒く光っている。
刃の長いナイフのようなもん、と認識するのにちょっと時間がかかった。
思考が鈍い。
…あ〜、もしかして。
俺、刺されちゃった?
異常なほど鮮明な赤が、どくどくと体内を駆け巡った挙句に
勝手に外に出て行く感覚に、くらりと足元が揺れる。
ったく、俺に許しも得ずに勢い良く出て行きやがってよ…。
そんなに、出て行きたかったか、俺の中から。
視界が、傾ぐ…。
がくり、と突如地面の感覚が消えうせて、重力に体重を攫われた。
「っ!」
一瞬浮遊感で胃がせり上がる感覚がした。
直後思い切り背中を岩に叩きつける結果になり、口内に鉄の味が広がる。
目を上げると、やけに空が青く見えた。それも、かなり遠くに。
…刺された上に、落っこちたらしい。
ツイテナイ。
多分、この前悟空が落ちたのと同じ崖の高さ…。
上から見たときは、たいした高さじゃねえと思ったけど…
「…こーして見る、と、結構…高い、じゃん…」
呼吸をすると身体が悲鳴を上げる。肋骨をやられたらしい。
「カンベン…してくれよなぁ…悟空と違って…センサイな、作り、なんだから、よ…」
頭の方から、いくつかの気配を感じた。わざわざご丁寧に落っこちた俺を追ってきたらしい。
いくつもの影が折り重なって近づいてくるのが見えた。
どかどかと、お世辞にも優雅とは言えない足音が大きくなっていく。
きらり、と光が弾かれた。
大きく振りかざされた刀が、やけにキレイで…。
ああ、これはマジでやばいかも―――
人間死ぬ直前には、これまでの人生を走馬灯みたいに思い出すんだ、
なんて…昔シマにしてたとこのマスターが言ってたっけ…
ひとっつも思い出さない俺って、薄情?
なーんてガラにもなく覚悟なんてモンを考えちまったその瞬間。
目の前が影って。
「ボサッとしてんじゃねえよ!
そんなに死にたいならおれに見えないところで勝手に死ね!」
…あ〜? これってもしかして。
「さんぞー! そっち行ったぞ!」
「ち、しつこいヤツラだな…!」
もしかしなくても、…庇われちゃったってヤツ?
「さっさと起きて貴様が戦え! 戦わないなら死ね!」
…これまた、非常に珍しく、必死のご様子。
額に汗しちゃってまあ。…ガラじゃねーなあ。
「!」
力任せに肩を担ぎ上げられ、思わず悲鳴を飲み込んだ。
かなり痛ェ。こりゃ重傷だ。
ふと、すぐ傍に感じる呼吸。
ぜいぜいと肩で息をしながら、俺をその半身で支えてる金色の頭の持ち主。
『触るな』
「うるせえ」と「死ね」と同じくらいに三蔵をかたちどる言葉の一つが、「触るな」。
…俺も、しょっちゅう言われてるよな。
いつだったか、ずっと前も、
意識を失った三蔵にずっと触れていられるのは、悟空だけだと思い知ったっけ。
そんな三蔵が自分から俺に肩を貸すなんて、思いもしなかった。
…………そーいやあ、三蔵をこんなに近くで感じるの、初めてかも…。
肩にまわされた腕に触れるその身体は、相変わらず無駄に細くて―――
ああ、こいつって、こんなに…
「…も少し…食って肉つけろよ…」
「は!? 何なんだこんなときに!?」
「んなに、痩せてっと…旨く…なさそーだ、ろお…」
我ながら、芸のねぇセリフ。これじゃまるでバカ猿レベルだ。
「…おい」
………やばい。
視界が、急激に暗くなっていくのがわかる。
このまま閉じたら…俺は、俺は―――
―――死ぬのか?
―――死ぬのか?
俺は…死んでない。
―――死ぬのか? お前は
だぁから…まだ死んでねえって…
「死ぬなら」
「死ぬならここに」
「死ぬなら置いていく」
…死ぬなら、置いていく。
「置いていく」
………じゃあさ、死なないなら…?
「死なないなら」
「死なないなら………」
死なないなら、なんだよ…
「…」
なあ。…死なないなら、さ。
『死なないなら、付いて来い』
…って事。…だよな。
「オイ!」
「!」
鋭く響く声。
至近距離で、金色がはじける。
突然、今まで斜め越しに見ていた顔が、正面に移る。
…胸倉をつかまれたらしい。
手足がしびれたように、感覚がなくなってきてる。
…ったく、こっちはケガ人なんだからさあ、も少し優しくしてくれよな…
「…何、だよ、さんぞ…痛ェだ、ろ…」
「…」
互いの視線が、互いの吐息が、交じり合う。
「…―――貴様は死ぬのか」
「死ぬつもりか」
「悟浄」
―――紫の瞳に、深く貫かれて―――
「…は…ハハ」
「?」
…俺が、おまえよりも先に死ぬわけねーだろ
「……素直、に、「死なないでェ」って言ってくれたら…考え、直す、ぜ」
相変わらず、睫長ェよな。
相変わらず、…。
三蔵は、眉間にしわを増やして吐き捨てた。
「―――死ね」
「あ〜…、やっぱり?」
ごぼり。
あ〜…まずいなあ、俺の血って。
それでも。
三蔵は、かついだ肩を離そうとしない。
…三蔵…、俺は、俺、は―――。
「二人とも無事ですか!」
「うわっ、大丈夫かよっ、悟浄!!」
「上はどうした」
「あらかた片付きましたよ。僕の制御装置、外す羽目になっちゃいましたけど…」
「…そうか」
「とにかく、悟浄の治療を。まずは血止めをしないと」
「ちょうどこっちに休める場所あるぜ! 三蔵じゃ運べねーだろ、代わる!」
無愛想に差し出された手。
そして。
それを、掴む手。
掴む、俺の手―――。
「どう? 八戒」
「多分、これで何とか…骨折と失血はどうしようもないですね、一度診てもらわないと」
「さっきの里に、医者いたっけ」
「お医者さんでなくても、治療の道具さえあれば良いんですけど」
「じゃあおれ、ちょっと戻って探してくるよ!」
「お願いします、じゃあ、必要なものを書き出しますから…」
書く、といってもろくな紙がなかったらしく、しぶしぶ地図の余白を破って文字を綴る。
「じゃあ、お願いしますね、悟空」
一見汚い紙切れにしか見えないメモを懐に大事そうに仕舞い込んで。
「おうッ! …あ!」
「どうしました?」
「足くじいた時って、何が効くの?」
「足を痛めたんですか、悟空」
「ううん、おれじゃなくって…」
「…ああ。…そうですね、じゃ、湿布薬もらってきてください」
「湿布な、わかった!」
「気をつけてくださいね」
「おう!」
まさしく疾風のように駆け去る後姿を見送って、八戒は多分苦笑の表情で、ぽそりと呟いた。
「…まったく、あの人は…。意地っ張りというか、何と言うか…」
そんな会話を、ぼんやり聞きながら八戒曰くの「あの人」を見上げてみる。
外を警戒してる険しい横顔。余程外の気配に気を取られているらしく、
二人の会話は耳に入っていなかったらしい。
「おい」
「何だ」
「…ひねったのかよ」
「?」
初めてこちらを向く。予想通りの眉間のしわ。
「足だよ、足」
「…。関係ねえ」
言うが早いか行いが早いか。すぐさま顔を外へ向ける。
おーおー、可愛くないこった。
「…来た」
「え」
「…三蔵」
「…5、…いや、6人か」
「どうします?」
「何なんだよ一体」
三蔵も八戒も外を見たままこっちを見ようともしねえ。
何が来るってんだ?
「悟浄。…貴方を刺した方ですけど」
「ああ、えーと…ファンフォア?」
八戒の応急手当が効いたのか、呼吸がだいぶ楽になってきた。
「弟さんを人質に捕られていたそうですよ」
「…人質?」
「助ける代わりに、僕らを殺せ、と言われたようですね」
「……なんだそりゃ」
まさに絶句。
それこそありえねえだろ。
あんな…喧嘩の経験もねえような、ひ弱な女に何が出来るって言うんだ。
「それでも、貴方に一矢報いたでしょ。
窮鼠猫をかむ、というのに期待したんじゃないですか?」
「なぁるほど…」
って感心してるバアイじゃねえって。
「で、何が来るってんだ?」
「…それで、その方なんですが」
「だからそうじゃなくて」
「死んだんです」
「何が来るかって聞いて……え?」
死んだ?
死んだって…何で。
「妖怪に、殺されたんです」
「妖怪、に」
「貴方を刺した後、すぐに…」
「…そ、っか……」
「それで、その」
珍しく、言いよどむ。八戒、何を…躊躇ってんだ?
「貴様が殺した」
「三蔵!」
「何、だと…?」
三蔵は、相変わらず外を見ていて…表情は見えない。
「どういう意味だそりゃあ」
「意味も何もねえよ。あの女は貴様が殺した。それが事実だ」
「だから! それがどう言う事かって聞いてんだろ! …っつ…」
「悟浄、無茶しないでくださいよ、まだロクな治療してないんですから…」
「殺したって…どういう事だ…」
「言葉通りだ」
「おい…!」
「し…っ!」
足音が近くなってくる。
それも、一人や二人じゃねえ。少なくても6人…いや、もしかしたらそれ以上か。
突然三蔵が立ち上がる。
「お前! 足!」
「うるせえ!」
「無茶しないでください三蔵!」
「殺される前に殺る。…それだけだろうが」
「でも」
「八戒」
視線と同じくらいに、厳しく鋭い声音―――
「…足手まといは必要ない。前にも言ったはずだ」
「三蔵…」
「…どう言う事なんだよ」
「…」
「八戒」
「…実は。先ほどの女性なんですが…貴方を刺した後に自ら妖怪に…」
「自分から…?」
「貴方に、「ごめんなさい」と伝えてくれ、と」
「…」
「最初から、そうするつもりだったみたいですね」
弟を人質に取られて。
俺達を殺せ、と言われて一緒に街へ歩くように導いて。
それで、俺を刺して。
それで、死んで。
「ごめんなさいって…言われても…なあ」
肺が、痛んだ。
彼女―――ファンフォアが妖怪たちに歯向かった、
ということは、その人質になってるとかいう弟も、無事では済まないだろう。
その事を分かっていて…彼女は、自殺したんだろうか。
…何のために。
「…殺されていたそうですよ、その弟さん」
「え」
「もうかなり前に…多分、人質に取られてすぐに、もう…。
―――彼女が、貴方を刺した直後…うかつにもそれを漏らした妖怪さんがいましてね」
「…そっ、か」
その妖怪がその後どうなったのか―――なんて事は、
傍に立つ深緑の瞳を持つ男の表情を見れば想像に難くない。
「…そうか。そういうことかよ」
彼女の弟は、もう殺されていた…と言う事は、彼女は俺を刺す必要なんてなかったんだ。
でも、彼女はそれを知らずに俺を刺した。
そして、多分、俺は死んだと思った。
…でも、もし俺が刺されなかったら?
彼女が、俺を刺さずに済んだら?
そうすれば、もっと早くに事情が分かっていたかもしれない。
そうすれば、彼女は自殺しなくて済んだかもしれない。
もし、その弟が死んだと知っても、俺が無事なら、自殺まではしなかったかもしれない…。
…いや。
そもそも俺が、「一緒に行く」とさえ言わなかったら。
頼まれたときに、断っていれば。
―――それで、「俺が殺した」って事か。
「ハハ…確かに、な」
「悟浄」
…彼女が死んでしまった今、もうそんな事は考えても無意味だ。
そんな事で心を痛めるなんて、奇麗事に過ぎない。
なのに、わざわざ…
『貴様が殺した』
なんて。
彼女の事、考えてやれって。
彼女の事、想ってやれって。
彼女の事、悼んでやれって。
…ほんっと、優しいんだからなあ、三蔵サマは。
「―――必要ない、ねえ」
「悟浄?」
「わざわざ口に出す、って事は…」
ちらり、と隣を見やると、同じような―――苦笑を浮かべていた。
「“嫌よ嫌よも…”ってヤツでしょうねえ」
「ほんっと、意地っ張りというか。素直じゃないよなあ?」
「ですねえ」
失ったものを嘆く暇があったら、今、失わないように―――
「出て行かない方が良いかもしれませんよ悟浄」
「なんで」
「…貴方のせいで、ファンフォアさんが亡くなったと…皆さん思っているみたいで」
つまり、恨まれてるってわけか。
俺を刺したせいで、弟の死を知らされるハメになって。
弟も死んで。俺も、死んだ、と思って。世を儚んだのか、自殺してしまった彼女。
一緒にいた連中には、その辺の事情は伝わってないんだろう。
…ま、目の前で親しい人間が死んだら、普通は冷静じゃいられねーよな。
「まだ何人か妖怪さんも残ってますけど…妖怪さんたちが、
ご親切にもアナタの事を…次の街に―――彼女の出身地だそうですけど―――
そこに伝えに行ったみたいで。…そこから、一般の方が何人か加わってきてますね。
―――「敵討ち」、だそうです」
だから。
だから、アイツは一人で出て行った。
「足手まといは必要ない」
…女たちに恨まれてるから、街の人間に「仇」だと思われてるから、出てこなくていい。
そう言う事…か。
「…俺としたことが、うっかり三蔵サマの優しさに甘んじちゃうとこだったぜ」
「珍しく、参ってたからじゃないですか?」
「…だよな」
油断してた。
自分の力を過信しすぎていたのかもしれない。
こいつらの力を過信しすぎていたのかもしれない。
だから、足元をすくわれた。
まったく無警戒だった。
彼女たちの行動になんて、目を配ってなかった。
…多分、三蔵は察してた。
事情は分からなくても、彼女が―――ファンフォアが、
何かの目的を持って俺達をこの道筋へ誘導している事を。
目的はわからなくても、注意するに値するものだと言う事を。
『他所見するな』
『それで済むと良いがな』
あれは、忠告だ。
『注意しろ』と、促していたんだ。
…それなのに俺ときたら。
「…ったく、我ながらなさけねーハナシだぜ…、…錫杖―刃ァッ!!」
振り上げた円形の刃が、宙を高く高く翻った。
三蔵に触れる寸前だった妖怪達の腕が、足が、無残に切り刻まれる。
「悟浄、ケガは?」
「へーきへーき」
実を言えばすげえ痛かったんだけど(肋骨折れてんだから当たり前だが)、
まあ一応平気そうな顔して、後から顔を出した八戒に手を振ってみせる。
臨戦態勢に入った俺のすぐ後ろで、八戒も、両手に気を溜め始めた。
三蔵も、愛銃を構える。俺も改めて錫杖を握り直した。
握り直し、力を入れる俺の腕。
―――そうだ。俺の両手はたった二本なんだ。
この手に、抱えられるモンなんてたかが知れてる。
守れるモンなんて、いくつもない。
でも、だからこそ…だから、こそ。
今、失わないように―――戦う。
「よーするに、戦えれば文句無いんだろ、三蔵サマ!」
「…そういうことだ」
素早く背を併せる。打ち合わせも何も無い、単なる偶然。単なる、本能。単なる…
単なる、「無意識の行動」。
それはつまり。
つまり。
失わないように―――つまり、失いたくないって?
「クッ」
「? 何だ?」
「いんや、何でもねー。ところでよ、どーする?」
「突破するしかないでしょうね」
「だよなあ」
とは言っても満身創痍を絵に描いた状態の俺たち。抵抗するにも限界が知れた。
敵は5人。プラス、里の人間が何人か。
理性なくしてる妖怪はともかく、
敵討ちのつもりで出てきた人間たちを殺すのはいくらなんでも避けたい。
ってことは、せいぜいどつくくらいしか出来ないわけで―――
普段の状態ならともかく、こんな時に手加減なんて出来るのか。
状況はどう見積もっても不利。
やばいな――― …ん?
「如意棒ォー!!」
青い空と太陽をバックに、金冠が光を弾いた。
…ああ、な〜んだ、そうか。そういうことか。
「…ちょっとやりすぎじゃないですか、悟空」
「だって、こいつらおれたちを殺すつもりだったんだろ?
殺られる前に殺れってヤツだよ!」
「それはそうなんですが…見事に皆さん伸びてますねえ」
「大丈夫だって! 全部急所は外してあるんだし、すぐ元気になるよ」
フェミニストが聞いたら絶望に涙を流すかもしれない。
悟空は、それこそこてんぱんにやっつけた。
妖怪も、…俺を、「仇」と狙ってきた、街の人間も、女たちも。
もちろん、本当に殺しては、いないが…。
「殺られる前に殺れ、か。どっかの鬼畜ボーズのモットーだな」
「でも正論でしょ」
「殺されちゃったら意味無いもんな!」
………ああ、そうか。
「ったく、戻ってくるのが遅いんだよ、猿」
「だってよぉ、湿布ってのが見つからなかったんだってば」
「湿布?」
「ひねっただろ、足」
「…フン」
―――最近分かったことがある。
「…三蔵は、お前のその気持ちだけで治っちゃうってよ、捻挫なんか」
「え、マジ!? それホント!?」
「マジマジ大マジ! ホラ、今は平気っぽいだろ」
「さんぞー!」
「マジなわけねえだろ!!」
快晴の下、S&Wが小気味良く響き渡る。
「ああ、ほどほどにしてくださいね三蔵。血清はもう無いんですから」
最近分かったことがある。
「守る」べきものは、こいつらの命なんかじゃねえ、って事。
俺だって、守りたいなんて考えてるわけじゃねえし、
大体、そんな事言ったらかえってこいつらに殺されちまう。
こいつらは、守られるような存在じゃない。
俺も、守る必要はない。
なのに、「守ってやった」気になってた。
「信頼」とか
「必要」とか
そんなモンで繋がってる間柄じゃねえ。
そんな事は、三年前のあの日―――、一緒に旅に出るって決まったあの時から知ってた事だ。
それなのに。
最近になって、ようやく分かった。
ばっかみてえ。
俺自身が一番こだわって、依存してたって事だあな。
「守る」べきは、こいつらの命なんかじゃねえ。
「守る」べきは。
守るべきは、生きていく事。
この関係。
この繋がり。
この絆―――。
俺たちの存在、そのものを。
それは、「言葉」なんて、そんな薄っぺらいもんで表現されても意味がない。
そんなこと、わかってたハズなのに…
「俺も、ヤキがまわったってか?」
大きく空を仰いで見る。太陽の光がやけにまぶしく感じて、思わず手をかざした。
掌の間から空がこぼれる。
それは、どこまでもどこまでも青い。
終わり。
今回は悟浄一人称でした。
無駄にシリアスだしなんか長い…。
結局、四人はフィフティフィフティで、まあ守られつつ守りつつ、のような関係と言う事で。
それは決して義務とか責任じゃなくて、単なる自己満足、そして無意識の行動なんです。
四人が無事なら何でも良い、「つい」体が動くみたいな。
ファンフォアは可哀相な結果になってしまいましたが…
例え、そういう犠牲があったとしても、自分たちはただ生きていく。
ただ進んでいく。
そういう感じで(どんな感じだ)。
ちなみに三蔵サマ、悟浄が死にかけて初めて名前呼んであげてますね…悟浄可哀想…(笑)。
(そういや前回の三蔵サマも「悟空」の名前、一回しか呼んでないかも?)
それにしてもなんか、ずいぶん女々しい悟浄になってしまった?
男らしく強い悟浄が好きな方、もしご覧になってたらごめんなさい〜。
ちなみに、一箇所八戒のセリフで非常におかしいところがある…
間違ってるだろそれは…
2003年6月6日アップ